2001年9月に開催された、東京都とモスクワの友好都市関係を記念する「日本フェスティバルインモスクワ」にBluem of Youthとして出演した際の訪露の模様を綴っている。
もう四度目か、目が覚めるともうタイガの林がすぐ真下に見える、見慣れた民家の屋根をかすめて機体はゆっくりと弧を描きモスクワ・シェレメチェヴォ空港へと降りてゆく。
あいかわらずごったがえしている訛りなつかし停車場、入国審査、税関、なれてしまえば笑顔のひとつでもかわせる、あんなに恐いと思っていたロシア人はいったいどこへ行ったのだろう。「ひさしぶり」と出迎える現地のスタッフ、第二の故郷は今第二のフィールドに変わろうとしている。深く深呼吸をする、ロシアの匂いだ、胸の奥から静かに沸き上がってくる感覚、なんと表現すればいいのだろう、何処かへと僕をせかすような、大事な目的を思い出させるような、尿意。やべぇ、寒い。
日本時間夜12時、モスクワ時間夜7時、少し遅い夕食はいつものアルバートストリートのオープンカフェで、「ルースカヤ・ビストロ」ロシア版ファーストフードといったところか。ひさびさのロシア料理、ボルシチ、ピロシキ、一通り頼んだら山ほど来てしまった。そして忘れてはいけない、大好きなロシアビール、バルティカ。ひさしぶりの仲間、ひさしぶりの料理、日本時間ではもう朝だろうか、時間をわすれて飲みふかしてしまった。凍えながらライブを重ねたアルバートストリートをぼんやり眺めていた。今胸に込み上げるこの感覚、胸を焦がすような、甘酸っぱく、ほろ苦い、胃酸。やべぇ、飲み過ぎた。
なぜかロシアだと目覚めは良い。朝食をすませ、打ち合わせへ。会場の図面を見る、使用機材リストを見る。やっぱり、ひとすじなわではいかないのがロシア。要望、目論見はあてにならない、ぶっつけだと思っていた方がよさそうだ、そうでなくっちゃ、なんか燃えてきだぞ!曲順を組み直し、与えられた時間内で何ができるか、日本から来た舞台監督、音響さんと綿密な打ち合わせをする「こりゃたいへんだぁ」と言いながらも彼等も楽しそうだ。そうみんな目的は同じ、イベントを成功させるためのハードルなら超えるのも楽しい。
自由時間、「クレムリン見に行きましょうよ!」とMng小杉、うーん、少々疲れ気味だがしゃーねぇ、ガイドしてやるか。「うぉー、すげぇー!記念写真撮りましょうよ!」なんかとても楽しそうだ、見てる方も楽しくなってくる。ふと思った、新しい物への感動、興味、僕は忘れてはいないだろうか、絶望的な環境にほうり出されたあの日、それでも僕を魅了して止まなかった探求心、今でも僕は持っているだろうか。
そして迎えた初日、会場には日本から来てくれたファンのみんな、そしてたくさんのロシア人。段取りは、楽器のチェックは?ままならぬまま出番が来た、「ブルームオブユース!」えぇい、こうなったらやったもん勝ちだ!「No Name World」、自分達を奮い立たせるには絶好のナンバー、今、自分達が出している音が、今、目の前に届いている、そんなあたりまえの「ライブ」感がとても気持ちいい、音楽を聴いて立ち止まる人、どんどん増えていく観客、この感じ、ボリショイ劇場の前の公道を歩行者天国にしてつくられたステージ、まさにストリート野外!いける!届いてる!でも時間は無情だ、タイムアップ、まだやりたりない、でもまだ明日もある。もう一度。
翌日、昼の部、マールイ劇場へ。この日のために練習してきたオペラ、まさに元祖アコースティック、やはりポップスに比べると格段に難易度の高いピアノ、大丈夫か?幕が開く、ショパン、別れの曲。乾いたピアノの音、吸い込むでもなく跳ね返すでもない絶妙な会場の響き。小屋の主か、武道館でも感じたあの感覚、古い音楽堂が演奏者に与える優しい安心感。「自由にやっていいんだよ」、マールイの主に背中を押され、僕はピアニストである自分に酔った。そして幕が降りる。「まだまだ半人前だな」マールイの主がそう言った気がした。でもそれはとても暖かく、清々しい気持ちにさせてくれた。もっかいやろう、もっかいちゃんとピアノ勉強しよう、そしていつかマールイのレギュラープログラムに出演できるようになってやる。自分にいいお土産ができた。
感慨に耽っている間もなくリベンジの時、昨日の野外ステージに移動、バンドスタイルのライブへ、リハーサルはない、あと5分で出番、上等だ、早くやらせろ!トン吉氏のドラムが鳴る、楽器の音も出る、おっしゃ!今日もいくでー!昨日とはうって変わっての晴天、頭から会場はあったまってる。アップテンポでノリノリの若者、バラードでラブラブなカップル、そして日本の旗を振ってるロシア人の女の子、楽しい!今僕らの音楽はこの会場に晴天を連れてくる、僕らはムジカンテ、ブルームオブユースだ!そして最後の曲を終える。もどかしい、もっと楽しめるのに、と思っていたら嬉しい誤算!もうちょっとやっていいらしい、会場のみんなもそれを望んでくれた、ウヒョー!きっと誰より嬉しかったのは僕らだろう、「If」「LoveButterfly」、渾身の2曲。ありがとう!モスクワ!そして、楽屋へ戻るとたくさんのテレビ局、ラジオ局の人達が集まってた。「次の公演の予定は?」答えられないのが辛い。「近いうちに必ず」そう約束して会場を後に。
探求心は忘れてないか、聞かれたならもちろん忘れてないと答えよう、でもどこにでもあるはずの探し究める場所を見過ごしてはいなかったか、帰ろう、日本に、そして探そう、見逃していた可能性を。
故郷はいつも優しく、厳しい、自信を取り戻させてくれて、喝を入れてもらった。でも今回のライブで僕らも何かをロシアに残せたんじゃないだろうか、新しい友だち、楽しい思い出、再会の約束、そして僕の黒いスーツ、やべぇ、ホテルに忘れた。